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東京地方裁判所 昭和42年(ヨ)2399号 判決 1969年1月28日

申請人

品川尚志

代理人

宮里邦雄

ほか五名

被申請人

日本軽金属株式会社

代理人

根本松男

ほか二名

主文

1  申請人が被申請人に対し、労働契約上の権利を有することを仮に定める。

2  被申請人は、申請人に対し、昭和四二年一〇月以降本案判決確定に至るまで、毎月二五日限り、一ケ月金三二、三一〇円の金員を仮に支払え。

3  訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実<省略>

理由

一、被申請人は軽金属類の精錬及びこれらの金属を原料とする製品の製造販売を目的とする株式会社である。

申請人は東京大学法学部在学中である昭和四一年七月被申請人の昭和四二年四月入社予定の新入社員採用試験に合格し昭和四二年四月一日見習社員として入社し、他の学卒新入社員と共に、本社勤労部人事課(本社人事部人事課)勤務となり、東京、清水、蒲原、新潟等において講義受講、工場実習、工場見学、レポート作成等の新入社員教育を同年六月三〇日迄受けたが、申請人だけは同年七月一日以降本社人事部人事課人事係に配属されていたものである。

ところが会社は同年九月二日申請人に対し口頭で、同月三〇日付をもつて解雇する旨の意思表示をした。

申請人の右解雇当時の平均賃金は一ケ月金三二、三一〇円であり、毎月二五日に支給されていたが、会社は昭和四二年一〇月以降の賃金を支払わない。

以上の事実は当事者間に争いがない。

二、1 見習社員の地位の特殊性

会社の就業規則一四条に、「見習社員は、六ケ月の見習期間が満了した際に、選考のうえ正社員として採用され、この選考に合格しない者は見習期間を延長されるか、または解雇される。」という趣旨の規定が存することは当事者間に争いがない。被申請人は、見習社員の地位の特殊性として、見習期間は教育の期間であると共に、社員としての適格性を判定するための期間、すなわち、期間満了に際し社員としての適格性を判定して選考する期間であつて、右選考不合格については、被申請人において解雇することができると主張し、その根拠を就業規則一四条に求めるのに対し、申請人は、学卒新入社員については、就業規則一四条の適用はなく、従つて、同条の定める見習期間満了に際し選考のうえ正社員として採用される等のことは雇傭契約の内容となつておらず、見習期間は単なる教育期間にすぎないと主張するので、まず、学卒新入社員に右一四条が適用されるかどうかについて考えてみるに、<証拠>によれば申請人ら昭和四二年四月入社の学卒社員は、同年四月一日付で、発令区分欄に「採用」、発令事項欄に「見習社員に採用する」「本店勤務を命ずる」「勤労部人事課勤務を命ずる」と記載された辞令の交付を受け、申請人らは、同日付で「私は、このたび貴社従業員として採用されました。ついては社員就業規則その他会社の諸規則に従い、誠実に服務することを誓約いたします。」との文言の記載のある誓約書を被申請人に差入れている(申請人らが右文言前半の趣旨の誓約書を差入れていることは当事者間に争いがない。)ことを認めることができる。右事実と前記争いのない就業規則一四条の文意を総合すれば、申請人ら学卒新入社員に対しても同条が適用されるものであり、申請人らは、入社当時そのことを知つていたものと認めることができる。尤も会社が昭和四二年の学卒者を採用するために行つた入社試験の受験資格は、会社の指定する大学の学生に限られており、事前に履歴書、身上調書等の外、成績証明書の提出も要求されており、採用試験は事務系学生に対しては、専門、教養、英語作文の四科目からなる筆記試験が行われ、その合格者に対して、更に社長、取締役等の面接試験が行われ、その結果に基づいて採否が決定されており、この試験には少くとも、約五〇名が受験し、最終的には申請人を含む七名が採用されたにすぎないこと、また入社に当つて申請人らの身元保証人は被申請人に身元保証書を差入れ、それには保証期間を五年とする旨記載されていたこと、更に、会社では新入社員で就業規則一四条によつて解雇された例は一度もないことはいずれも当事者間に争いがないけれども、右各事実を以てしては、申請人主張の事実を認めて前段認定を覆えすことはできない。

また、申請人は、学卒社員については、一旦採用された後は、入社後あらためて選考を受けることはないとの労働慣行がある旨主張するが、右事実を認めるに足りる疎明はない。

そうすると、被申請人は、学卒新入社員に対し入社の当初六ケ月間に見習期間制度を設けていたことは明らかである。そこで右制度の機能について考える。

<証拠>によると次の事実を認めることができる。

見習期間は、四月一日から九月三〇日までの六ケ月とし、これを前期(四月一日から六月三〇日)と後期(七月一日から九月三〇日)とに分け、前期においては、講義教育、工場実習、工場見学等を行ない、この間、社員として必要な全般的且つ基本的知識及び生産現場における生産過程の基本的労働能力を修習会得させ、併せて関連企業の実態を認識させることを目的とする教育を行ない、後期においては、見習社員それぞれを人事課勤務から各事業所、各課に転属させ、その旨の辞令を交付し、それぞれ担当業務を与え、各職場でその担当業務が円滑に行ないうるように各職場管理者の責任において教育が行われていた。しかして、右前期後期を通じ教育の施行、担当は、被申請人本社人事部人事課で負い、その末端の管理者は、人事係長(本件当時は人事兼教育係長深沢嘉信)で、その上司は人事課長(小田切隆)で、その上司は人事部長であるところ、右三職制は右前後期間を通じて見習社員の平素の言動、力量を観察して、正社員にするに足りる適性の有無を判定し、見習期間満了に際し、正社員とするか、解雇するかの選考を行なう任務を負担しており、その任務の遂行として、前期の終了した段階で右三職制は協議して右判定を行ない、否定的判定を受けた者は従前のまま人事課に置き、その他の者は、事業所又は各課に転属させ、後期終了に際し、右選考を行ない、その結果が役員会にかけられ、その決定に基づいて正社員になる者には、発令区分欄に「本採用」、発令事項欄に、「正社員にする」並びに事務系職員の場合は、「三級事務員に任用する」との記載のある一〇月一日付辞令が交付され、選考に不合格の者には、発令区分欄に「退職」、発令事項欄に「退職を命ずる」との記載のある辞令が交付される。見習社員を正社員として、三級職員に任用すること並びに解雇することは、右の過程と手続によつて行われることになつており、右選考の基準は、「正社員とするに足りる適格性の有無」ということであつて、それ以外に具体的基準の定めはなく、右にいう選考は、試験の施行というが如き特別の行事によつて行わねばならないとの定めはない。また右選考基準に対し、正社員の解雇基準は、就業規則二八条に制限列挙して定められ、同二九条には解雇猶予の定めがあり、同三〇条には解雇予告の定めがあり、これら条項は見習社員には適用されないことになつている。右の他正社員と見習社員と異る主たる労働条件は、見習社員には資格制度(勤続年数及び前歴年数を基準とする昇格制度)、給与規則、退職金規則、年金支給規則はいずれも適用されず、見習期間は、退職金及び年金における勤続年数に算入されないことである。

右のとうり認めることができ、これに反する疎明はない。右認定に基けば、見習期間は、正社員となつた場合に必要とする基礎的知識並びに業務を会得させるための教育機能を有すると共に、新入社員採用試験においては、その制度自体の性格から判定することの困難な事柄、例えば会社の職場における対人的環境に順応し得る素質があるかどうか、職場において労働力を発揮し得る能力があるかどうか等、会社の従業員としての適格性を観察、判定し、その判定によつて正社員とするか否かを選考し、否定的判定がなされた場合には、これを解雇することができるという機能を営むものといえる。申請人は、前掲疎乙第三号証(新入学卒社員教育と題する被申請人作成文書)を根拠として見習期間には右選考機能はない旨主張するが、右文書には、学卒新入社員の教育のスケジュール並びに各種教育の目的及びその管理方法のみ記載されている(このことは当事者間に争いがない。)けれども、右疎乙第二号証は、その題文自体から教育に関する文書であると認められるから、これに選考に関する事項が記載されていないことはむしろ当然のことであつて、そのことによつて申請人の右主張を認めて、前段の認定を覆えことはできない。

2 見習社員に採用する旨の契約の性質

前記一の争いのない事実及び二の1の認定事実を総合すると、学卒新入社員と被申請人間の四月一日付雇傭契約は「一個の雇傭契約であり、その内容は、(イ)その初期六ケ月ないしこれに準ずる期間を教育と正社員たる資質判定を目的とする見習期間とする、(ロ)期間の定めのない雇傭契約であり、(ハ)見習期間満了に際し被申請人が見習社員を正社員たる資質を有すると判定したときはこれを正社員に昇任するが、若し正社員たる資質を有しないと判定したときはこれを解雇することができるという解約権が留保されている。」ものであると考えるのが相当である。

右認定に対し、右二の1の認定事実中見習社員と、正社員の労働条件が異ること、殊に見習社員の解雇基準は、正社員とする資質がないことであるのに対し、正社員のそれは制限列挙して定められていること、見習期間は退職金、年金の勤続年数に算入されないことを根拠として、見習社員契約は、期間の定めのない本契約たる雇傭契約とは別個のものであり、前者は、後者の予約ないしは予備的契約であり或いは、前者と後者は併存するものであるとの反論があるかもしれない。しかしながら、四月一日付雇傭契約締結に際し当事者双方において、右反論の如き契約が成立したものとの考え方が成り立つのは、就業規則その他右契約成立時の諸事実を綜合して合目的見地から当事者双方の意思を解釈して初めて到達するものであつて、必らずしも当事者双方に右考え方のような明示の意思表示があつたと認めるためではない(本件においては、そのような明確な意思表示はない。)のであるから、これら反論が正当であるか否かは一に右合目的解釈が妥当であるか否かに係つている。一般的に従属的労働関係にある労働者が、その時期、資格の異る毎に別個の契約関係が発生しなければならないという考え方は不自然であり、またそのように考えないと企業の維持及び労働者の保護に支障を生ずるというものではない。尤も選考の結果正社員となるときの辞令の発令区分欄には「本採用」との記載があり、四月一日付辞令の発令区分欄には「採用」との記載があり、この事実だけを対比すると前者は本契約で、後者は本契約に対する予約或いは予備的契約であるとの考え方も生じないではないが、前者の発令事項欄には「正社員にする」「三級(事務員)に任用する」とあるのに対し、後者の発令事項欄には「見習社員に採用する」とあり、後者は明らかに採用の意思表示であるのに対し、前者はあたかも従業員を昇格又は昇任する場合に使用する文言を使用していることを思いあわせると、辞令の発令区分欄の記載だけでは右雇傭契約の性質を決定することはできず、他に右契約の性質が前記認定の如きものであることにつき妨げとなる疎明はない。

3 解約権行使の範囲の制限

解約権の行使は、「正社員とするに足りる適格性の有無」という選考基準に基づいて行われるべきことは明らかであるところ、右基準は、社員の解雇基準が制限列挙的であるのに対比すると一見極めて広い範囲の裁量権を与えているように見える。また見習期間制度が設けられている以上、同じく従業員であるといつても、見習社員と正社員との間に解雇事由に差異の生ずることは当然のことといえよう。しかしながら、右裁量権は、無制限のものではないのであつて、それは見習期間制度の目的と機能により制限される。すなわち、見習期間は、近い将来において会社の社員となつて、その企業に貢献するために必要な基本的知識及び生産過程の基本的労働能力を修習会得させるという教育機能ならびに会社における職場の対人的環境への順応性及びその職場において労働力を発揮し得る資質を有するかどうかの判定機能を持つており、この機能を果させることが見習期間制度の目的であるから、右裁量権は、まず会社が実施した教育が右目的に即して社会的に見て妥当であることを前提とし、これによつて制限される。例えば、右教育によつてたやすく矯正し得る言動、性癖等の欠陥を何ら矯正することなく放置して、それをとらえて解雇事由とすることは許されない。また職場の対人的環境への順応性及び職場における労働力の発揮力といつても、その学歴、就くべき職種を考慮に入れた上、その平均的労働者を標準とすべきものである。また、判定機能は、採用試験において判定しえない事柄に関するものであるから、採用試験において判定し得る事柄は、原則として判定機能における判定の対象とすることはできない。更に、見習社員に採用する契約が前記認定の如き雇傭契約である以上、これにはもとよりこの種契約における信義誠実の原則が作用するものであつて裁量権の行使が右原則に反するときはその範囲を逸脱したものとして許されない。

三、解雇理由たる申請人の言動

そこで次に被申請人の主張する申請人の不適格事由について判断する。

1  昭和四二年四月七日古河グループの企業が組織する団体である古河三水会は、同系企業二五社の新入社員合同歓迎会を新宿駅西口の朝日生命ホールで開催した。右歓迎会は午前九時三〇分開始の予定であり、グループ各社の新入社員が入場着席を完了すべき時刻は午前九時二〇分とされていた。被申請人は見習社員全員に対し、当日は午前九時に会場一階玄関前に集合するように命じたが、申請人は幹事(申請人の氏名は学卒見習社員名簿の筆頭に記載されていたので、会社の慣行により幹事に指名されていた。)として、午前八時五〇分迄に同所に行くように命ぜられていたが、申請人は当日右集合時刻に遅れたことは当事者間に争いがない(<証拠>によれば、申請人が到着した時刻は九時一〇分ないし二〇分頃ではないかと考えられる。)。

2  被申請人が見習社員に対する講義教育終了を機に、昭和四二年四月一三日見習社員全員に対してレポートを作成提出するように命じ、申請人ら見習社員がこれを提出したことは当事者間に争いがない。申請人が提出した右レポートであることに争いのない疎乙第五号証によれば、右レポートは横罫で長さ約二一センチメートルの罫が三三行ある用紙に一行おきに約四枚分書かれたものであり、<証拠>によれば、このレポート作成には一時間半位の時間を与え、略字を使つてはならないというような注意は一切していないことがそれぞれ認められる。

ところで被申請人は申請人が提出したレポートには他のそれに比較して、誤字脱字、当て字がきわめて多かつたと主張し、<証拠>によれば、会社が右レポート中誤字と考えるものにチェックしたものと認められるので、会社が誤字と称するものがいかなるものであるかを調べてみると、明らかに字を誤つたものがかなりあり(例えば「対処」とすべきところを「対拠」とし、「抗争」を「攻争」、「描く」を「抽く」、「推す」を「押す」とするなど。)、綴りの不正確なもの(例えば「組」を「組」、「段」を「段」、「上」を「エ」となるなど。)、極端な略字を用いたもの(例えば「経済」を「済」、「事業」を「事」、「生産」を「生」とするなど。)、その他字のくずし方が多少おかしいものもある。

なお、被申請人は「色」「我」「多」「組」「頭」「段」「感」「現」「場」「急」「違」などを特に挙げて誤つていると主張するが、「多」「頭」の字は右レポート中になく、その他の字の中にも「色」など誤つていない字もあり、また右に述べた程度以上にとりたてて誤つているとまではいえないものもある。更に被申請人が指摘する誤字の中には「日」の字の棒が一寸長すぎて「目」となつたり「今」を今としたためチェックされたものもあつて、被申請人のチェックの仕方は必ずしも公平なものとはいえない。

以上の事情を総合して考えると、前述の明らかな誤りを別にすれば、その他のものについては、厳密には誤字といえるものがあるにしても、その文書の性質上或いは特に正確に書くことが要求されている場合は、誤字として厳しく戒められなければならないであろうが、右程度のことは急いで書く場合には通常犯しやすいことであつて、多少乱暴な書き方であるとはいえても、自己の経験、観察、感想、意見の表現を目的とするレポートについて特に正確に書くように注意されていない以上敢えてこれらを誤字としてとりあげ、社員としての適格性を云々する資料にすべきほどのものでもない。まして、申請人の場合には前述のように入社に際しては筆記試験をうけており、会社においても申請人がこのような字の書き方をする者であることぐらいは既に承知のうえで採用したものと考えられる。しかも、右レポートの提出は、見習期間中極めて初期のことであるのに<証拠>によれば、直接の教育担当の責任者である人事係長深沢嘉信は勿論、その他の教育係員は申請人に対し右誤字、略字等について右提出後教育はもとよりその指摘すらしていない。仮に被申請人にして、レポート等の文書の文字について特に正確な記載を要求する業務上の必要があるとするならば、その社風に副うべき教育を施せば申請人ほどの学歴を有するものならたやすくその弱点を改善することができることは経験則上明らかである。なお被申請人は他の見習社員に比較してきわめて多かつたというが、他の社員との比較の資料を提出しないのでこの主張は採用のかぎりでない。

3  昭和四二年五月二〇日本社人事係長深沢嘉信が蒲原工場において実習中の申請人を含む見習社員の実習状況を視察し、見習社員に対し同日の実習教育終了後同人らの宿泊所である同工場独身寮で懇談会を開催する旨通知していたが当日の見習社員に対する実習教育は午後三時始業、午後一〇時三〇分終業とする勤務時間に行われていたので、懇談会の開催時刻は午後一〇時五〇分頃とされていたことは当事者間に争いがない。

被申請人は、申請人が一〇時四五分頃右深沢に対し「こんなに遅く呼びやがつて、酒でも出さなければ袋だたきにしてやる。」との暴言を吐いた旨主張する。証人深沢嘉信は主尋問に対しては、まだ配膳が済まず、ビールなど出ていない段階で申請人が来て、深沢に、「こんなに遅く呼んで酒でも出さなかつたら袋だたきにするぞ。」と言つた、という趣旨のことを答えているが、反対尋問に対しては「こんなに遅く呼んで、酒でも出なかつたら袋だたきだな」と言つたと答え、更には「袋だたきにするぞ。」と言つたか、「袋だたきだな。」と言つたかははつきりしないが、どちらにしてもそういう場所がらをわきまえぬ不遜な発言をした、と答えている。しかしながら、「袋だたきにするぞ。」という言葉と、「袋だたきだな。」という言葉とはそのニュァンスが大いに異る。即ち前者は相手に挑みかかるような態度と共に発せられるのに対し、後者は自己に語りかける場合あるいは仲間同士で話し合う場合に多く用いられ、またこれが相手方即ち深沢に向けて発せられる場合には、既にビールが出ることがわかつているときに、それを前提として「もしも出なかつたら……」という風に、むしろ相互の信頼感のもとに冗談話として言われ、相手に挑みかかるような響きをもたないのを通常とする。決して右の二つの言葉は、どちらだつたかはつきりしないが、どちらにしてもそういう不遜な発言をした、などと簡単に言える関係にはない。更に深沢の証言によれば、きわめてなごやかな雰囲気のところに突然申請人が入つてきて、低い声でぼそつと言つたが、特に怒つている様子もなかつたし、深沢は右発言で申請人を凝視したが、それ以上のことは何もしなかつたというのであるが、被申請人主張のような発言がなされたものとすれば、この状況も不自然である。又他の者と話をしていた深沢が、申請人の云つた言葉を全部正確に聞き取つたかどうかもあやしいところである。これらのことを考えると、右深沢の証言は、申請人の片言隻句をとらえてその責任を追及しようという態度のみ強く、たやすく措信しがたいものというべきである。他に被申請人の右主張を認めるに足りる疎明はなく、かえつて申請人本人尋問の結果によれば、同日一〇時五〇分をやや過ぎたころ会場に到着した申請人は、並べられたビールを前に、右深沢に対し「やつぱりビール出ましたね。今日何も出なかつたら袋だたきだとか、ふとんむしだとかいう話まであつたんですよ。」という趣旨のことを話したものと認められ、この点において申請人には責められるべき点は全くないものというべきである。

4  会社の見習社員に対する工場実習教育は六月一五日をもつて終了し、同月一六日以降再び本社において「実習後教育」を行なうことになつており、見習社員に交付していた教育日程表によれば、同月一六日は見習社員が各工場において体得した実習に対する感想を発表し、人事課員と意見を交換する予定になつていた。ところが人事課は当日昭和四三年度技術系学卒社員の採用試験等のため繁忙を極めたので、右感想発表会の予定を変更して、それに代わるレポートを提出させることとし、同日午前九時二〇分頃人事課員が見習社員にその旨を伝えると共に、レポート用紙を配布した。ところがこの日程変更に不満であつた見習社員から「レポートは工場でも書いたからもう書きたくない。」とか「会社にいつて取りやめてもらおう。」などの声が起り、幹事であつた申請人は、見習社員に推されて新潟工場実習班の幹事であつた上田と共に(この点は申請人本人尋問の結果によつて認定する。)、会社に対してレポートの作成中止を折衝する立場に立ち、同日午前一〇時一〇分頃人事課員永山あき子を通じ、採用試験を行つていた人事課員鈴木練一に対し、「見習社員の意向としては、レポートは既に各工場で書いてきたので書きたくない。」旨電話したところ、右鈴木は右永山を通じて申請人に、「とにかく命じたのだからレポートを書くように。それでも書けない人はそれだけの器だから仕方がない。」との趣旨の指示をした。以上の事実は当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、右指示を受けた申請人らは、予め公表されていた感想発表会に非常な期待を持つていたことと、レポート作成を億劫に思つていたことはあつたが、それらだけがレポート作成の命令の取止め方の交渉を申請人に負わした原因ではなく、申請人らとしては、人事課員が多忙のため感想発表会の席に立会わなくても、申請人らのうち記録作成者を予め定め、自分達同士で互いに経験を語り、意見、感想を述べあつて、その記録を被申請人に提出するならば、感想発表会の目的は十分に達成しうると信じていたので、申請人は、このような申請人らの計画と真意を知つてもらいたいとの気持から、再び永山に対して担当者と直接話させてくれるように頼み、永山にもう一度その旨電話してもらつたが、鈴木は「とにかくレポートを書くように。一度事情を説明し命じたことだから撤回しない。非常に多忙なので品川君の話は聞いていられないし、聞く必要もない。」と答えて電話を切つてしまつたことが認められ、他に認定を覆えすに足りる疎明はない。

また被申請人は、申請人が他の見習社員に対し、あたかも会社が先の業務命令を撤回したかのような印象を与える伝達をした旨主張する。この点について証人浦上哲吾は、「最初に、書けないやつは仕方ないから書かなくてもいいということを会社が言つていたとの報告が上田からあり、それでは内容がはつきりしないので、もう一度確めに行き、今度は申請人から書いても書かなくてもいいという報告を受けた。そして、最初の報告では書けという命令はなお続いているとの印象だつたが、後の報告では書かなくてもいいと命令が変更されたという印象だつた。」という趣旨の証言をしている。しかしながら、最初に上田が報告した命令の内容を確認するために再び申請人が人事課に行つたとの点は、申請人本人尋問の結果に照らし措信し難いけれども、右浦上が上田の報告と申請人の報告とを右証言のように受けとつたとの点が虚構のものであるとは考えられない。また、申請人本人尋問の結果中「申請人も電話が終つてから見習社員らのところへ帰つて、永山から伝え聞いた言葉をそのままみんなに伝えた。」との趣旨の供述があり、右供述が虚構のものであると考えるべき証左はない。そうすると右供述と証人浦上哲吾の前記証言とは明白な食い違いがあり、しかも両者虚言を弄しているものではないとしたら、その齟齬の原因はなんであろうか。それは鈴木の「とにかく命じたのだからレポートを書くように。それでも書けない人はそれだけの器だから仕方がない。」という指示自体が第一の原因であり、第二の原因は、その指示が電話であり、しかも右指示が、人事課女子職員永山あき子(同女が申請人ら見習社員が日程の突然の変更により期待を裏切られ、かつレポートを書くことをいやがつているのを知悉していたことは前記認定事実から推認することができる。)を介して申請人及び上田に伝えられたことであると考えられる。このように考えるのは次の理由による。すなわち、「およそ、言語の意味―(人間が自分の意識、意思の内容を他人に伝えて自分の思うように他人を行動させようとする場合の自分の意識(思)の内容を「意味」という。)―は、音声による言語の場合と、文字による言語の場合では著しく異る場合がある。また、同じく音声言語による場合でも、発話者と面接して対話する場合と、電話により対話する場合は意味が異つて来るし、いわんや他人を介する伝達方法による場合は、往々にして反対の意味になることすらある。発話者と面接対話する場合は、その音声言語をそのまま文字言語に表現すると極めて曖昧で真意を捕捉しがたいものであつても、発話者の意味が対話者に誤つて伝えられることは稀有である。それは音声言語は、各単語のアクセント、句の抑揚、更に音色、表情、態度の助力によつて唯一の意味を正確に伝達するものだからである。」このことは経験則上明白である。右経験則に基づけば、前記鈴木の指示は、これを文字言語としてその意味を捉えるときは、二、三様に考える。例えば、(イ)「レポートを書くことを命ずる。」(ロ)「書けない人は書かなくてもよい。」(ハ)「命令された以上レポートを書く義務がある。義務を履行せよ。義務の履行ができない者は、履行する力量がない者と評価される。」(ニ)更に右(ハ)の場合でも、その後半は、力量の否定的評価と引換えに義務履行を免除する意味とも解し得るのである。このように不完全な文字言語であつても、仮に鈴木が発話者として申請人ら見習社員全員に面接対話したとしたら、鈴木の意識、意思内容(それが、「レポートを書くことを命ずる。」ことであることは鈴木証言によつて認める。)は、誤りなく右全員に伝えられたであろう。然るに鈴木の指示は、電話で、しかも永山あき子を介して申請人及び上田に伝達されたのであるから、同人らに鈴木の「意味」が誤つて受取られたことは容易に考え得ることであり、更に、それを伝え聞いた浦上哲吾の証言と申請人本人尋問の結果との間に前示のような齟齬があつても、何ら異とするには足りない。尤も申請人本人尋問の結果中には、申請人は永山を介して、「一度出した命令だから変えることはできない。」との指示を受けた旨の供述があるが、同供述には更に続けて、「そんなに書きたくないやつがいるなら書かなくてもいいとも言つている。」という話も永山からあつたとあり、これを全体として考えれば、右供述を以てしても、申請人が鈴木の指示がそのまま申請人に伝えられたことを認めているとは解せられず、むしろ右に述べた理由からして、両者相まつて、鈴木の意図するところとは大分ニュアンスの異つたものとして受けとつたことを述べているものと解されるので、右供述は前記認定の妨げとはならない。ところで申請人本人尋問の結果によると、申請人は電話が終つてから帰つて折衝の結果を報告した。すると期せずして見習社員の中から「それじや、みんなで出さないように決めらやえ。」というような声が起り、暫く議論した後、書くか書かないかは各自の責任において決めることとなり、結局、全員レポートを提出しなかつた(レポート不提出の点は当事者間に争いがない。)ことが認められ、これに反する疎明はない。そうすると、前記のとおり申請人本人尋問の結果中には、「永山から伝え聞いた言葉をそのままみんなに伝えた。」との供述があり、それは虚言ではないけれども、右のとおり、見習社員全員がレポートを提出しなかつた事実からすると申請人は見習社員に対し鈴木の意識、意思内容「意味」と異る意味を話したことは明らかである。しかしながら、このことについて申請人に故意も過失もなく、その責に任ずべきでないことは上記説示によつて明白であろう。このような結果は、鈴木が当時多忙であつたため止むなくその指示を電話を以て、永山を介して申請人に伝えたことによる言語の持つ不確実さのしからしめたところであつて、何人の責任というわけのものではないのである。証人小田切隆の証言中右に反する点は措信しない。従つて、命令伝達を誤つたとの点を申請人の不適格事由とすることは許されない。

また同日午後四時三〇分頃深沢係長が見習社員全員に対して、レポートを提出しなかつたことを叱責したところ、みな遺憾の意を表したことは当事者間に争いがない。

被申請人は更に、申請人が右叱責に対し、「命令が出された場合、命令を受ける側が納得した後実行した方が良い。またそうした命令に従う必要はない。」と述べた旨主張する。そして証人深沢嘉信の証言には、「申請人は、納得できないことは行えないという趣旨の質問をした。」とあり、証人浦上哲吾の証言には、「上司の命令に対して、自分が納得しない場合でも従う必要があるのか、という趣旨の質問をした。」とあること、並びに申請人ら見習社員がレポート提出拒否に関する前段認定の事実、殊に申請人が幹事として見習社員に推されて人事課に見習社員らの計画並びに真意を伝え、感想発表会を予定通り持ちたい旨の了解を求めに行つた際、人事課員が、申請人に意見を述べる機会すら与えなかつたこと、レポート提出拒否の行為は期せずして見習社員全員が一致して行つたものであること等の事実を総合すると、申請人は、右叱責を受けた時点において、深沢係長らの同日の行為を不親切なものと感じたこと、並びに前記予定変更について納得し難い気持を持つていたことを推認することができるから、右叱責に対し、「命令を出された場合、命令を受ける側が納得した後実行した方が良い。」との趣旨程度の発言をしたことを認定し得るけれども、「そうした命令に従う必要はない。」とまで言つたことを認めるに足りる疎明はない。尤も右発言に関し、申請人本人尋問の結果中には、申請人は右深沢から叱責を受け、他の見習社員が遺憾の意を表した後に、「今日こういう形でレポートを書かなかつたことはよくないことだと思うし、明日宿題として提出することに異存はない。しかし、一般的に言つて、上司が仕事を与える場合に、それを受ける側の意見を聞き、十分納得させたうえで仕事をさせた方が良いし、会社もその機会を与える方向でやつていつたらいいのではないか。」ということを質問したにすぎない、との供述があるが、<証拠>に照らしてたやすく措信し難く、むしろ前段認定の事実の下では、申請人としては右の如き丁重な発言をしたとは考えられず、多少反発的態度に出たものと推認するのが相当である。疎乙第六号証にも右申請人本人尋問の結果と符合する記載があるが、右同様の理由が措信しない。そうすると、深沢係長が見習社員全員に対し、レポート不提出を叱責し、全員遺憾の意を表した際、申請人は、独り多少反発的に「命令を出された場合、被命令者はこれを納得した上で実行した方がよい。」との趣旨の発言をしたこととなるところ、前段認定の事情の下で、全員の代表を務めるものとしては、何人がその地位に立つてもこの程度の言動に出ないとは保証し難く、いわばその場におけるその地位のしからしめた現象的事実であつて、この一事を以てその者の全人格を評価、批判するのは過酷である。従つて、申請人の右言動を以て解雇事由となすことは、解約権行使の範囲を脱逸するものといえる。

5  会社が見習社員に東海金属株式会社本社工場を見学させるため、見習社員に対し六月二九日午前九時一五分に京浜東北線東神奈川駅に集合することを命じ、申請人がこれに少くとも二五分位遅刻したことは当事者間に争いがない。

<証拠>によれば、当日午前九時二〇分頃から見学を開始する予定で、その旨東海金属にも連絡してあつたが、申請人が遅れたため人事課員高橋孝明はやむなく申請人を除いた見習社員を引率して東海金属に赴き、同社の担当者に、見習社員一名が未到着なることを告げ、見学開始を遅らせてくれるように依頼し、申請人が到着した後に所定の見学を行つたことが認められ、右認定に反する申請人本人尋問の結果は単なる推測の域を出ず、たやすく措信できないし、他に右認定を覆えすに足りる疎明はない。

四、以上認定したところによれば、被申請人主張の解雇理由のうちで、申請人の責任を問いうる事実は、昭和四二年四月七日の古河三水会主催の朝日生命ホールにおける歓迎会と、同年六月二九日の東海金属株式会社本社工場見学における二回の遅刻だけである。ところで<証拠>によると、見習社員の選考担当者である人事部長、人事課長及び人事係長が申請人を解雇すべき旨を決定したのは、正に右六月二九日の右三者の協議に基づくものであるが、右協議の際は、同日の遅刻の事実は右三者には報告されていなかつたことを認め得るから、右遅刻はいわば申請人の解雇理由の補強として付け加えたものというべきである。仮に、正式の解雇決定は、見習期間経過の際であるから、その時期までの事由を挙げることは何ら支障のないものとしても、遅刻は僅か二回であり、申請人が平素遅刻を重ねたとの疎明はなく、また<証拠>によれば、工場見学は前後五回行われていたものであることを認めることができるから、右遅刻は、申請人の資質判断の資料とするに足らず、いわんやこれをもつて、解雇の事由とするには当らない。その他見習期間中における申請人の勤務態度に誠実さを欠くとか、協調性に乏しいとかの事実を、証すべき何らの疎明もない。しからば被申請人の申請人に対する本件解雇は正当な理由がないのになされたものであり、契約の信義則に反するものであつて、権利の濫用として無効であるから、申請人と被申請人との間の四月一日付雇傭契約は継続していることは明らかである。なお、右雇傭契約の性質は、前記二の2において判断したところから、被申請人に、申請人を正社員とするに不適格とする特段の事由がないときはこれを正社員に昇任する義務があるものと解されるから、被申請人は見習期間が経過した昭和四二年一〇月一日をもつて、申請人を正社員とする旨の発令をなすべきものである。

然して、<証拠>によれば、申請人は、他に特段の資産を有せず、労働者として会社から受領する賃金を資源として生計を維持していたが、本件解雇によつてその途をとざされ、それ以来カンパによる資金などで生活しているものであることが認められ、本案判決の確定をまつていては、その生活に回復し難い損害を蒙るべきことは明らかであり、右認定を覆えすに足りる疎明はないから、本件仮処分はその必要性がある。

よつて申請人の本件申請はいずれもその理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。(西山要 吉永順作 瀬戸正義)

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